──ほんと…あれはうざかった…。
好き勝手に騒ぐちびっこマフィアの姿を思い出したおかげで、どっと疲れが倍増して。
走りつづけていたこととの相乗効果でいっきに呼吸が苦しくなった。
あれこれと邪魔をしてくるランボからなんとか逃げ出したと思ったら、どういうわけか、
獄寺君や山本にまで呼び止められて。
次々に入った妨害のおかげで、どんどん時間がなくなって。
2人を振り切った時には遅刻ぎりぎりで。
──結局こうして走るハメに…。
どくどくと痛いくらいに鼓動を刻む心臓が苦しくて、走り続けた足がもつれかけたのをき
っかけに、オレは少しずつスピードを緩めてとうとうその場に立ち止まった。
がくがくと震える膝を両手で押さえて、頬を伝う汗もそのままに、じっと地面を見つめて
荒い呼吸を繰り返した。
そうして。
あまり力の入らない腕を必死に動かして、ごそごそと携帯を取り出した。
微かに震える指先で、カチリ、と開いた携帯のメイン画面に表示されたデジタル時計の数
字を確認して、がくりと項垂れる。
待ち合わせの時間まで、あと5分──。
「はぁ、はぁ…も…ムリ…走れない…」
ぽつりと小さく呟いて。
乱れた呼吸をなんとか落ち付かせようと、深く息を吸い込んで、ゆっくりと吐きだした。
2度、3度、と深呼吸を繰り返して、なんとか呼吸を落ち着かせて。
「とにかく、ヒバリさんに連絡しとこう…」
どうか機嫌を損ねませんように、と思いながら、はぁー…、と諦めの溜息を吐きだした。
そうして、もう一度深呼吸をして、前かがみになっていた体をゆっくりと起こしていくと、
ふと視界に飛び込んできたのは綺麗なコントラストで。
どこまでも続く真っ青な大空と、その空に寄り添うようにして流れていく真っ白な雲。
大きくて、優しくて、時には荒々しい空と、その空を自由に泳ぐ雲。
雄大な空のそばには必ず気まぐれな雲がいて。
漂う雲の気分ひとつで、大空はその姿を変貌させる。
大空の属性、なんて言われても、あんまり深く考えたことはなかったけれど。
でも。
──ヒバリさんが雲っていうのは、なんだかすごく納得できる…。
そんなことを考えて、思わず小さな苦笑を零した。
そうして。
携帯のアドレスからヒバリさんの番号を呼び出しながら、再び待ち合わせ場所へ向って歩
きだした。
瞬間。
「何ニヤけてんだ、ダメツナ!」
「…ふぁっ」
と、声がしたのとほぼ同時に、げしっ、と後頭部に小さな何かがヒットした。
驚いて声をあげて、いきなり飛来したソレの勢いを殺しきれずに数歩たたらを踏んで。
バランスを崩して倒れていく視界の端に、ひらりと着地する小さな存在を捉えながら、
ぺしゃり、と地面に座り込んだ。
「…い…っつー…」
──今日はやけに邪魔がはいるなぁ…
片手に持っていた紙袋を慌てて抱きかかえて、プレゼントだけは死守しようと、両膝と片
手の手のひらをしたたかに打ちつけた。
地面に付いた両膝と、反射的についた手のひらがひりひりと痛んで、じんわりと涙が滲ん
できた。
「なにするんだよ! リボーン!!」
目の端に涙を浮かべたまま、相変わらずの無表情で傍に佇む家庭教師に向かって文句を言
ってはみるけれど、そんなことで反省するような可愛らしい相手ではないことはオレ自身
がよく知っている。
食ってかかったところで敵うわけがないのは分かっていても、こうも理不尽な振舞いをさ
れたら文句のひとつも言いたくもなる。
──しかも、こんな大切な日に邪魔することないじゃないかっ!
せっかくの誕生日にこれ以上遅刻したらどうしてくれるんだろうか、この家庭教師様は!
思わずキッと睨みつけると、俺様な家庭教師はトレードマークの黒い帽子をレオンが変形
した愛用の銃でくいっと持ち上げて、小さな溜息を吐きだした。
「こんなところでニヤケてるおめーが悪いんだぞ」
「んなっ! いきなり人の頭蹴っ飛ばしておいて何だよ! それは!!」
瘤にでもなってたらどうしてくれるんだ、なんて考えながらズキズキと痛む後頭部に恐る
恐る手を当てて触れてみる。
あんまり刺激しないように、そーっと触れた指先に特に違和感がなかったことにほっとし
て、知らず知らずに詰めていた息を吐きだした。
すぐそばでその様子を見ていたリボーンは、レオンの変形を解きながら、ゆっくりとした
足取りで座り込んでいるオレの目の前までやってきた
。
小さな家庭教師が何をしたいのか、さっぱりわからないオレが、ほんの少し警戒しながら
リボーンの動きを目で追っていると、目前で立ち止まった小さな家庭教師は、ぺしり、と
オレの鼻の頭を軽く叩いて、呆れたような溜息を吐きだした。
「オレは、何にも知らないおめーのために追いかけて来てやったんぞ?」
「はぁ!? なんだよそれは…」
どこか恩着せがましいその言い方に、ちょっとだけムッとして、ケガの痛みも忘れて憮然
として聞き返すと、普段はあまり表情に変化のないリボーンが、ニヤリ、と人の悪い笑み
を浮かべた。
瞬間。
ぞくりとした悪寒を感じたオレは、警戒しながらゆっくりと立ち上がり、ほんの少しリボ
ーンの傍から後ずさる。
こういう顔をするときのリボーンは決まって良からぬことを企んでいることが多いことを、
オレは経験上よく知っている。
「…リボーン…おまえ…またなんか企んでるんじゃないだろうな…?」
じりじりと後ずさりながら、視線はしっかりと小さな家庭教師に固定して。
些細な動きすら見逃さないように注意しながら、いつでも逃げ出せるように全身を緊張さ
せる。
──今日こそは…! いや…今日だけは! 何が何でも逃げきらないと…!
これまでも、何度となく逃げようとしたけれど、そのたびに捕まっては散々な目にあって
きているから、こういう顔をしたときの家庭教師から逃げるのは至難の業だと分かっては
いるけれど。
それでも、何としても逃げ切らなければ、と決意して。
ゆっくりと開いて行くリボーンとの距離と、いまだに動きを見せない家庭教師の余裕の表
情に、こくり、と喉を鳴らして。
どれだけ距離を取ろうが、この家庭教師相手に“安心できる距離”なんてないも同然だけ
れど、それでもないよりはマシなわけで。
そんなオレの行動を黙ってみつめていたリボーンは、ふん、と小さく鼻を鳴らして、これ
見よがしに深い溜息を吐きだした。
「このオレが、わざわざ追いかけてきてやったっていうのに…。まったく…。可愛くねー
ぞ? ダメツナ!」
そう言って、ポーカーフェイスの家庭教師は、その瞳に微かに剣呑な光を灯す。
「……っ」
昔のオレならそんな微かな変化に気付くことはなかったかもしれない。
けれど、幸か不幸か、リボーンがうちにやってきてから常に近くにいた事もあって、本能
的に身の危険を感じ取ったオレは、思わず短く息を呑みこんた。
そうして。
──これだけあれば…っ
一度の跳躍で一気に詰められることがないように、十分に距離をとったことを確認して。
「………そんな悪そうな顔して言われても信用できるワケないだろっ!」
叫ぶようにそれだけを一気に言いきって、全身のバネを使って踵を返すと、勢いよく駆け
だそうとして──…。
ドンっ。
「…わっ!」
「…っと」
何か柔らかいモノに正面からぶつかった。
ぶつかったソレが何か言ったような気がするけれど、そんなことには構っていられない。
「〜〜〜〜〜〜〜っ」
痛みと、急に目の前に現れたモノに対する恐怖からぎゅっと目を閉じて息を詰める。
まともにぶつけた鼻が痛くて、一度は引っ込んでいた涙がじわりと目の端に浮かんでくる。
──ほんとに、今日は厄日かよっ!?
壁とか電柱とか、とにかく大怪我をするようなモノじゃなかっただけマシだと思うべきな
のかもしれない。
「ぅーー…」
小さく唸りながら、片手で鼻を押さえて、ゆっくりと閉じていた瞳を開けると、見慣れた
ブラウンの瞳が心配そうにオレを覗きこんでいた。
さらりと頬に触れる綺麗な金色の髪と優しい光を宿した切れ長の瞳に驚いて、痛みも忘れ
てパチパチと瞬きを繰り返して。
「……?」
「…ツナ…?」
一瞬。
目の前にいるのが誰なのか理解できなくて呆然としてしまったオレに、少しだけ眉根を寄
せたその人は、心配そうにオレの名前を呼んで、ぽふぽふと頭を撫でてくる。
あやすようなその仕草に、なんだかヒバリさんみたいだなぁ、なんて思いながら、オレは
改めて目の前にいるそのひとの顔を見つめて。
「…ディーノ…さん…?」
なんでこんなところにいるんだろう、と不思議に思いながら、いつも優しい兄弟子の名前
をそっと呟いた。
それに安心したのか、ディーノさんは綺麗な顔にいたずらっ子のような笑顔を浮かべて、
おうっ、と短く返事を返してくれた。
「平気か?」
「あ…ハイっ! …て、オレ…っ…すみません! ディーノさんこそ大丈夫ですかっ!?」
そりゃあ、オレ程度にぶつかられたってディーノさんがどうこうなることはないと思うけ
れど。
それでも全力でぶつかったようなものだったし。
なにより、いつも優しくしてくれる兄のような存在であるひとに嫌な思いなんかさせたく
なくて。
焦ったように尋ねれば、ディーノさんは『心配すんな』とにっこりと笑ってくれた。
それにほっと胸をなでおろしたオレは、もう一度謝って、そっとディーノさんの傍から離
れた。
そうして、ふと疑問に思っていたことを口にだした。
「…でも…ディーノさん、どうかしたんですか…?」
普段は海外でボスの仕事をしていることが多いディーノさんが、どうしてこんなところに
いるのだろうか。
ディーノさんに会えるのは純粋に嬉しいけれど。
──なんだろう…なんだか……あんまり良くない予感が……。
「あー…いや…うん…」
「…?」
どこか歯切れの悪い返事を返す兄弟子の姿に、なんとなく不審なものを感じて。
じわりと滲みでる不安に急き立てられるように、オレは一歩、ディーノさんから後ずさる。
微かに警戒心が現れ出しているオレに気づいたディーノさんが、困ったような笑顔を浮か
べて、がしがしと綺麗な金糸の髪をかきむしった。
その様子にオレは自分の直感が正しいことを確信して、引きつったような笑みを浮かべて、
咄嗟に駆けだそうとしたけれど。
がしっ。
「ディ…ディーノさん…?」
「いやー…わりぃな! ツナ」
困ったように、けれど、どこか楽しそうな表情のディーノさんに腕を掴まれて。
「…えぇ!?」
──そんな顔して謝られても困るんですけどっ!?
なんとか掴まれた腕を引き抜こうともがくけれど、もともとの体力も力も全然違うのだ。
そう簡単に振り切れるわけもなくて。
「…よくやったな、ディーノ」
どうにかしようと足掻いているオレの背後から、勝ち誇ったようなリボーンの声が聞こえ
てきた。
その声に、もがくことやめて思わず背後を振り返り、小さな家庭教師の姿をきっと睨みつ
けた。
「リボーン!? なんだよ、これ! どいうつもりだよ!? ディーノさんまで呼びつけ
るなんて卑怯だぞ!?」
「ぎゃーぎゃー喚くな。うるせーぞ、ダメツナ!」
「んなぁっ!?」
あんまりといえばあんまりな家庭教師の言葉に、じわりと怒りがこみ上げる。
──こっちは早くヒバリさんのトコに行かなきゃいけないっていうのに!!
なんでこうも邪魔をしてくれるんだろうか、この家庭教師は!
ふつふつと沸き上がる怒りに、目の奥がチカチカとしてきて、オレはわなわなと震えだす。
それが腕を掴んだままのディーノさんには伝わったのだろう。
リボーンを睨みつけたままのオレに、後ろからそっと宥めるような声をかけてきた。
「まーまー。ツナ、落ち付けって」
「ディーノさん!?」
その声に、今度は腕をつかんだままのディーノさんに視線を向けて。
挑むように睨みつけた。
「だいたい! ディーノさんもディーノさんですよ!? なんでリボーンなんかの言うこ
と聞くんですかっ!!」
もう、相手が憧れのディーノさんだとか、いつもなら絶対口答えする気にもならない最強
の家庭教師だとか、ここが道の真ん中だとか、いろいろなことが頭から吹き飛んで。
ただただ、自分の行動をこれでもかと邪魔してくる2人が許せなくて。
「うるせーって言ってるだろうが。少しは静かにできねーのか?」
取り乱したように語気を強めたオレを見たリボーンが大げさに溜息を吐きだして、とこと
ことオレの傍まで歩いてきた。
そうして、ぴょん、と軽く跳躍して、ぺしり、とオレの鼻の頭を軽く叩いた。
「そんなに喚き散らすな。別にヒバリのとこに行かせねぇってわけじゃねーんだ。ちょっ
とは大人しくしろ」
「……っ」
まるで諭すように、言い聞かせるように。
静かに告げたリボーンに、オレは言うべき言葉が見つからずに、ふい、と視線をそらせた。
その様子に再び溜息を吐きだしたリボーンは、ぺしぺし、と二度、オレの足を宥めるよう
に叩くと、困ったように成り行きを見守っていたディーノさんを見上げた。
「さっさと行くぞ、ディーノ。ツナを逃がすなよ」
「分かってるって」
逃がすな、というその言葉に、オレは思わず逸らしていた視線をリボーンに戻して、慌て
たように声をあげた。
「ちょっ、リボーン!?」
「まーまー。ほら、行くぞ、ツナ。心配すんなって!」
軽く抵抗してみるものの、やっぱり力じゃ敵わなくて。
引きずられるようにして歩きだしたオレに苦笑を零したディーノさんが、そっと耳元に口
を寄せてきて。
「────」
こっそりと告げられた言葉に、オレは微かに頬を赤くして短く息を呑みこんだ。
「…っ」
そんなオレを優しく見下ろしながらウィンクを送ってきたディーノさんは、そっと促すよ
うにしてオレを連れて歩いて行く。
ディーノさんに言われた言葉と、憧れの存在からのウィンクと。
二重に受けた衝撃のせいで、心臓は痛いくらいにドキドキと鼓動を刻んで、自分でもわか
るくらいに頬が火照ってしまって。
どうにか鎮めようと何度も深呼吸を繰り返して。
それがおかしかったのか。
隣を歩くディーノさんが、くすり、と小さな笑みを零して。
それがまたかっこよくて。
余計に恥ずかしくなって。
なんとなくいたたまれなくて、思わず視線を逸らしてしまった。
すると、ぽふぽふと軽く頭を撫でる感触がして。
それに促されるようにして、おずおずと視線をあげると、綺麗に微笑んでいるディーノさ
んがいて。
「ほら。早くしないと帰っちまうぞ?」
恭弥のところにいくんだろう…?
その笑顔が言外に含ませた言葉をなんとなく感じとって、オレはまた頬が火照るのを感じ
ながら、こくり、と小さく頷いて、促されるままにディーノさんが用意していた車に乗り
込んだ。
-continues-
ようやく続きをUPすることができてほっとしている唯璃です><
このペースでいくと終わりはいつになることか…(泣)
それでも、やっぱり書くのは楽しいし、雲雀さんの誕生日もお祝いしたいので、がんばります!
2009.6.8
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